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再度、「慰安婦広告」問題について

2007 - 06/21 [Thu] - 21:33

 先に書いた、『素朴な疑問なんだが・・・(慰安婦問題)』について、かなり多くのコメントを頂いた。広告や考え方に対する是非とかで、賛否というか様々な考え方が寄せられたのは、自分にとっても勉強になるのだが、正直言って、自分の思った疑問に対し「こうなんだ!」的な意見に対しては、自分としてそこまで性急に答えを求めたものでないと思いながらも、「自分の考えは?」と問われた事については、単なる疑問符的な記事にしてしまったのは少々浅はかだったのかと思う。だからこそ、ここでまたこの問題について書いてみようと思う(しかし、私なりに考えたものが皆さんの「考え」に及ばない事もあり得ると思うので、その場合はご容赦を)。

 そもそも疑問に思ったのは、(怒られるかもしれないけど)「慰安婦強制の事実がなかった」という事で自分達の「誇り」を取り戻す事は出来るかもしれないが、果たして他者(他国)の心情を抜きにして語れるものなのか?という疑問があった。それが無いとすれば、ある意味「自己満足」にしか過ぎなくなる恐れがある、と感じたものである。
 ましてや、GHQ統治下で占領政策の一環としても「設置した」なんて文言があったりしたら、それは「先の戦争について反省していない」ポーズにも取られかねない。支持派の方は「じゃあ、原爆や空襲はどうなんだ」と言ってるようだが、そこまで言ったら泥沼というか、国際社会を形成するのに取り返しの付かない事になってしまいかねない。

 そんな堅苦しい「誇り」みたいなのを振りかざす事によって得られるものというのは何だろうか?私から見れば、「ちっぽけなプライド」を得る一方で、「国際社会での信用」という大事なものを失いかねないものだと思う。日本というのは、いや、アメリカや中国といった大国だって、今の国際社会では独力で物事を推し進めるのは、大きな意味で不可能に近い。アメリカや中国あたり一見「好き勝手にやってる」ように見えても、諸外国から一定の「セーブ」がかかり、何だかんだいっても一定の抑制がはかられている。大国でさえそうなのだから、日本あたりが何かをやるにも、諸外国の力を借りずに何でもできると思ったら大間違いだ。そういう事を考慮せずに、いわば自己満足のために広告をぶち上げた国会議員及びジャーナリストらは、果たして日本の国益という「大局」をどう捉えていたのだろうか?それこそ、浦和レッズサポーターエリアで他チームの応援をするようなものか?

 また、今回の問題で思ったのは、「強制があったという証拠は見つからない⇒だから強制はなかった」という考え方が、一見正しい見方のように思えるけど、大きな「穴」があるように感じたのである。
 私が思うに、「強制がなかった」ことを証明するのには、「強制がなかったという証拠を示さねばならない」ということではないか、ということだ。
 視点をちょっと変えてみるけど、例えば刑法犯罪を犯すとして、「証拠は見つからなかった⇒だから無罪」という見方も、一見その通りだが、やり方によっては「自分がやった証拠さえ見つからなければ犯罪とは見做されない」という危険性が垣間見える。「事実じゃないことを事実といわれるなんて、まるで冤罪だ」と語ってた人がいたが、こういう逆パターンも考えられる事から、そう軽々と「見つからなかった」から「事実ではない」というのも考えものだ。それこそ、戦時中の混乱期で様々な証拠は隠滅されてしまったかもしれないし、そうなると頼るべきは(不本意かもしれないが)証人からの証言になってくるだろう。

 このような、「あった」か「なかった」かを完全に証明できていない状況で、さも「強制はなかった」のが事実のように振る舞い、さらに他者の心情を傷つけてまで得るものって、果たして何なんだろうか?
 そういう疑問から、私は「素朴な疑問」として記事にしたまでである。

 余談だけど、最近「河野談話の白紙撤回を求めるサイト」なんてのもある。ただ、これも「求める」ことは簡単だろうけど、その先のレース展開を考えたら、正直「いいのだろうか?」と余計な危惧さえ感じてしまう。理由は、上記にも書いたとおりである。
 この「河野談話」とかも、日本が先の対戦中に犯した「業」に対して、深い反省と哀悼、さらには過ちを繰り返さない決意を含めたものと考えると、ただ「誤りを正さねばならない」という理由だけで白紙撤回を求めるのは、そうした「過去の反省」さえもかなぐり捨てようという行為に為りかねはしないだろうか?ましてや、慰安婦問題を本当に「事実でない」とはっきりいうには、本当の意味で「証拠が出されていない」状況の中で、である。

 むしろ、過去の経過で「あった」「なかった」なんて事を論じてプライドを取り戻そうなんて考えるより、今後、同じような事が起こらないように議論していく事が、本来あるべき姿なのではないか?「歴史に学べ」とは言うけれども、学んで得るものは「過去のプライド」より「今、そしてこの先をどう生きるか」なのである。つまらないプライドに拘っていては、先を見る目が曇ってしまわないか。そういう危惧みたいなものを感じざるを得なかった、今回の問題である。

(追記)
 上での「刑法犯罪を~」というくだりの部分に関わって、非公式コメントで「立証の難しさ」で意見を頂きました。
 確かに、刑法犯罪の例にとっての記述の部分での書き方の不十分があったのは反省します。しかし、「疑わしきは罰せず」という刑法の原則は決して忘れてはいませんので。このあたりの記述について、なかなか上手く伝えられない自分の未熟さを、どうかご勘弁を。

 犯罪の立証について、「合理的に疑うに足りる証拠」がなければ、確かに罪は問えないのは承知です。今回の場合だと、確かに「証拠がない」ので「あったとはいえない」とするならば、それは見方として正しいと私も思います。
 ただ、気になったのは、「証拠がない」からといって「なかった」と断言してしまっている事が問題だと感じたので、思ったことを書いたのですが、まだまだ自分の筆力が未熟なのかな・・・

 こんなものですが、如何でしょうか?

http://syoukensyougo.blog69.fc2.com/blog-entry-283.html
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TBありがとうございました。

「強制はなかった」という人たちが異口同音にいうのは「証拠を出せ」ということですが、「強制はなかった」という結論があるため、「証拠」の定義を意図的に厳格にしているように思えます。このような議論はアンフェアだと思いますし国際的には通用しないでしょう。

「確定的な証拠がありませんがそういった事実あった可能性が高い」というのが現状だと思います。それを覆すために内弁慶的な主張を繰り返しただけ、というのが今回の意見広告だと思います。

こんばんは

慰安婦問題は難しいです。強制を示す資料がなかった=無罪 ではないですし、その先にあるのは、ではなぜ南方での「レイプ」をやめさせられなかったのか、そのような将校か士官を軍法会議で処罰できなかったのかという方向に飛びますからね。
 日本政府は・・せめて昭和30年代に、戦闘記録の綿密な調査を始めていればと思います。

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推定無罪?しかし物証は・・・・・

o_sole_mioさん、SAKAKIさん、どうもこんばんは。コメントありがとうございます。

確かに、慰安婦問題というのは簡単に片付けられる問題ではないですし、「証拠がない=無罪」みたいなものとは、本当は確定できないものだと思います。このあたりが、一番大きな「壁」みたいなものと感じます。

また、宜しくお願いします。

従軍慰安婦問題は判りやすく言えば、お金を盗まれた(特に他意はない)という人に、証拠がはっきりしないがとりあえず謝ったら、犯人と決め付けられてしまい、それなら賠償金払えと脅されて、お前は悪人だから殺人もしたはずだと言われたようなもの。
犯人にされた人は、謝れば許してもらえると思ったら、金を取られた上に罪を擦り付けられるばかりだと気付いて最近になって弁明し始めたというところ。

そして今回の広告の問題は日本が悪いから謝り続けるべきかということからその賛否が出てきているから、内外の日本が悪だと考える人は真偽は問題でなく否定は責任逃れということになるし、そこまで悪くないと思っている人は、その理由を説明しているという当然の行為。
なぜ日本が悪いのかというところに立ち返らないと議論にすらならない。
そして日本にとって最大の問題は、この不確かな事実を利用して利益を得ようとする人や国がいるということ。

ところで、あなた(この広告がおかしいと考えている人)は在日韓国人は強制連行された人達の子孫だと考えていませんか?
もしそうだとしたら、そう考えている人が多い理由の一つが慰安婦問題に日本が反論してこなかったことだと思います。

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なんで「慰安婦広告」なんて出すんだろう……

お久しぶりです。TBありがとうございます。

>GHQ統治下で占領政策の一環としても「設置した」なんて文言があったりしたら

わざわざ米国の癇に障るようなことをなぜ書くのだろうかと思います。広告には、米議会での決議を止めさせる意図もあったのでしょうが、逆効果になることは目に見えていたと思うのですけどね。

>今回の問題で思ったのは、「強制があったという証拠は見つからない

この指摘もマズイでしょう。日本が対米降伏した直後に大量の関連文書を焼却していて、米国もその事実を知っているのですから(論座2007年6月号86頁参照)。米国側からすれば、「証拠がないなんてゴマカシに決まっている」と思うはずです。

「米国を挑発すれば手ひどく殴られる」ってことは、戦争に負けた日本こそ一番分かっているはずです。真実として強制の有無はよく分かりませんが、米国を挑発しかねない「慰安婦広告」は出すべきではなかったと思います。

ちょっと補足させて下さい。

推定無罪というのは刑事訴訟のためにあるもので、このような史実の検証に持ち出すのは適切ではないと思います。

また、私自身確定的な証拠はないと申し上げましたが、推定できるような文書は公文書も含めてかなりあります。もっとも一部の公文書ではその解釈も180°異なっているのも事実なのですが。

一番大事だと考えていることは、当時経緯はどうあれ苦しみを味わった人がたくさんいること、このことを肝に銘じておくことだと思います。

>o_sole_mio様

アメリカ従軍慰安婦の強制連行にしても南京大虐殺にしても、本当に被害者の方にはそれはきちんと謝罪しなくてはなりません。
ただ、この問題は当時より中国などの政治的プロパカンダに使われていた可能性があるためそれを「はいはい、そうですね」とすべてを認めることはなかなか納得できない。むしろ現在でも政治カードや金を得るための道具として奴らはうまく利用しているのがありありとわかります。

また、日本のマスコミ報道にしても朝日新聞の捏造記事や白馬事件をいまさらながら新事実発見かのごとく記事にするのは国を売ろうとしている輩たちの世論誘導にも頭にきています。

>推定できるような文書は公文書も含めてかなりあります。

ちなみに南京大虐殺についての私見を述べさせていただくと私は南京事件があったことは可能性はあると思いますが、30万人虐殺したというのは当時の南京の人口の推移をみても理論的に整合性がとれていない。
ところが、中国側は南京大虐殺記念館というものをつくり、壁には30万人が虐殺されたと堂々と書いています。そういう根気のないものを世界遺産にまで申請しようとしています。

そういうところを含めてどうも中国のやることのきな臭さに乗せられて素直に「これらの問題は実際あったのだと」いう人の気持ちがよくわかりません。

こんにちは。
この種のエントリーは必ず論争が起きるので私も頻繁には書きませんが。
まるで条件反射、みたいなものです。何か慰安婦問題を認めてしまうと、日本=自分が否定されたかのように思ってしまうんでしょうかね。
別に過去の日本に過ちがあったって、それが今の自分の誇り、と何の関係があるのか、と言いたくなります。
だいたい声高に主張している人のうち、何人が実際に史料を見たり、証言を聞いたりしているのでしょうかね。疑問に思うのなら、少しは自分で調べてみればいいものを。


とりあえず・・・

いろいろと意見を頂きありがとうございます。一人一人の意見に自分なりの注釈を書くというのも上手く行くかどうか分かりませんが、出来るだけ答えていきます。

>ふきやさん
 そうした意見も、一つのものの捉え方として否定はしません。ただ、「不確かな事実を利用して利益を得ようとする人や国がいる」というのは、何とも遣り切れないものだと感じてはいます。
 しかし、不確かだからゆえに、確実に「なかった」とも言い切れないのが難だと思いますけど、当時の状況を考慮するならば、犯人探しというか「あった」「なかった」と論じるよりは「今後二度と同じ事が無いように」考えるべきものだと思ってしまうのですが、どうなんでしょう?
 あと、この問題について私としては、在日コリアンの事(関連性)を特に考えては無かったですね。ただ、この事では必ずしも強制性は全てがそうではないと考えてますけど、当時の状況から見てやむを得ず渡来したとか、様々な状況があったのではないかと考えます。

>非公式コメントについて
 確かに、お互いの主張について胡散臭さを感じているのは理解できます。かく言う私もそうですし、必ずしも「強制があった」というのを無批判で信用できるものとは考えられませんし(笑)。
 だからこそ、「過去に囚われるより、今後どうしていくか」というのを考えたくなります。

>春霞さん
 どうもご無沙汰してます。
 とりあえず、広告の主張が事実であったかどうかはともかく、政治的視点からすれば、まさに「やぶ蛇」そのものでしたね。ましてや、アメリカというのは訴訟大国の異名があると言われるくらいですが、裁判とかは徹底して合理的なものでキチンと立証されないと勝ち負けさえ争えないと聞いています。そんな中で「そんな事実は見受けられなかったから、なかった」という論理はさすがに通用しなかった、ということではないかと思ってます。

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とりあえず・・・(その2)

>o_sole_mioさん、及び富山さん
 私としては、何にしても「本当の被害者」については救済されてしかるべきだと思います。

 o_sole_mioさんの言うような「史実の検証に推定無罪の考え方はふさわしくない」ということについては、特段、言い方として何が相応しいのか・・・と考えたものであり、他意はありません。ただ、今回の件で刑事事件と同様の捉え方をするのは、少し考えものかな、と感じました。
 富山さんの言うような、誇張した物言いについては、私も眉唾物に感じてます。ただ、事実をどう立証するかについては「あった」「なかった」にせよ、既に60年以上経過した中で難しいものを感じてるだけに、そういう意味で「過去に囚われている」というのは、(「国を売ろうとしている輩」とかも含め)少々ウンザリする気分ではあります。もっと「先」を見据えられないのか?と。

>虎哲さん
 どうもです。
 自分が言うのもなんですが(笑)、たしかに「脊髄反射」的な意見ってありますよね。私は、双方の意見について理解できるところもあれば眉唾に感じるところもあり、そのあたりの意見を吸収したくて、「先の記事」を書いたのですが・・・・凄い事になってしまい困惑したものです(苦笑)。

富山様

南京事件の犠牲者数を特定することは困難に近いと思いますが、いくら地域や期間を広げても30万人説は荒唐無稽なものだと思っています。

確かに中国が外交カードとして使おうとしていることはあるでしょうが、それにどう対処するかは外交のテクニックの話ですし、史実がどうかとは異なる次元の話です。この件で中国が何といっているかには外交的な見地以外関心ありませんし、私の見解が中国の言動に影響されているとは思っておりません。

>非公開コメントについて
 紹介された書物について、一度読んでみたいものです。ありがとうございます。
 確かに、いろいろ難しい問題ではありますよね・・・・・

ジョカトーレ・Fさま
私もお馬さんが好きなのでよくブログを拝見しております。
随分難しい問題を提起されたようで・・・。
今年はアイリス・チャンが書かれた本を基に映画が公開されますね。
益々日本に対する風当りは強くなるでしょう。
ただ、ここ10年第2次世界大戦前後の書物を手当たり次第購入し読んだ者の感想として、あの書物は史実に基づいていない所が沢山見受けられます。
衝撃的な内容の方が映画の興行収益は上がるのでしょうが、あまりにも日本を悪者にしています。
慰安婦問題との絡みで、「日本バッシング」がおきるかもしれません。(※米国の慰安婦問題を提起した国会議員は票集めだと思っています)
ジョカトーレ・Fさん のおっしゃるように前むきに考えれば謝る所は素直に謝り、国際社会の中で日本は生きていかなければならない。
おっしゃるとおりですが、日本はあまりにも反論をしてきませんでした。
日本の政治家の責任もありますが、最も悪いのは官僚たちだと思っています。
慰安婦問題・南京大虐殺(個人の推論としては大体4万人位の方が殺されているのだと思っています)
この問題をきっかけにもう少し日本側からは
「謝る所は謝り、証拠に基づいた理論的な反論」を展開して欲しいと願っています。
最後に一番問題なのはこの時期の歴史をきちんと教育してこなかった大人達(日教組の問題が大きいです)により、現在の50歳位までの日本人が近代の歴史に関心がない事です。

TBありがとうございます

はじめまして、TBありがとうございます。

拙ブログにも書いたのですが、この問題は、もうすでに、学問的な論争ではないんですね。

政治問題なんですよね。諸外国もバカではありません。アメリカで議決が通ったからといって、日本は、認めたんですね。っていう考えに至るとは、思いません。もっと言えば、当時の大戦期において、慰安婦を持たなかった、国家の方が少ないことを、どの国家もわかっています。アメリカも然りです。ただ、歴史というのは、勝者に、パワーのあるものによっての歴史になります。つまり、極端に言えば、今回の広告にしても、キレイゴトなんですよ。要は、自分たちが、正しいと思っていることが、いつでも何処でも通用しないということです。だからこそ、説得と妥協が最善だと考えています。そして、そのためには、時間とタイミングを図るために、もっとキレイゴトを言っておけばいいのです。「このような悲劇を繰りかえさないために、日本国は、国際社会とともに、全力で、人権・人道問題に対処していく」とかね。歴史的事実の検証は、研究者がすればいいことです。

そして、それを地道に広報外交していくしかないでしょう。戦後、それをやってこなかったツケとも言えますが。

稚拙なコメントすいません。又、拙ブログにも遊びに来てください。

気持ちわかるけど

日本が悪いのなら、それはそれで償うべきでしょう。しかし、悪くないことまで被る事はないと思いますよ。

>わざわざ米国の癇に障るようなことをなぜ書くのだろうかと思います。
>米国もその事実を知っているのですから(論座2007年6月号86頁参照)。米国側からすれば、「証拠がないなんてゴマカシに決まっている」と思うはずです

いいのでは、ないのですか?「相手が気に触るといけないから」といつもがまんされますか?今までの報告や資料からは、日本軍が30万人もの一般市民を虐殺したものは出てきていません。確かに、戦争です。一般市民が巻き込まれたこともあるでしょう。それは痛ましいことだと思います。ところで、アメリカが知っている事実とは、なんでしょうか?これこそ、推論ではないのでしょうか。虐殺を起こしたこと?それとも日本軍による虐殺はなかったということ?

>アメリカで議決が通ったからといって、日本は、認めたんですね。っていう考えに至るとは、思いません。

そう思うのは、日本人だけです。私の周りには「日本人は残虐な汚いやつら」と思っている方、多いですよ。慰安婦しかり、南京しかり、全て日本人が起こして、日本人が残忍なことをやりまくった上、一銭もくれやしない、と思っています。(先日も友達が中国人に戦争責任を問い詰められたり、友達の子供は、仲良くなった友達の親が「日本人とは仲良くするな」と言ったから、と無視され始めたりしています。残念ながら、歴史は政治とは切っても切れません。それは、次代の子供達にもそのまま受け継がれていくのです。だからこそ、日本にとって「濡れ衣ではないか」というものは、反論しないといけないと思いますよ。
アメリカでは、この法案が通って「当然」。先の大戦は全て日本が「悪」。原爆も早く戦争の決着をつけるために「正義」でやったって、娘は学校で習ってきましたよ。



一点だけ

はじめまして.

事実認定や外交姿勢に関する議論は既に活発になされているので他の方に任せます.

ジョカトーレ・Fさんの仰る,将来に目を向けた議論の必要性は大いに理解します.ただし,そのためには過去の事実に関する議論を軽視してはならないと思います.
我々が妥当な将来を予測し,それに向けて進むためには,過去の事象を正確に把握することと現実の状況を詳細に認識するのが不可欠です.例えば,フリーキックが見たことの無いぐにゃぐにゃした軌道で飛んできたらキーパーはその到達点を予測してセービングすることが困難になるはずです.これからどうすればよいかを良く議論できるようにするために,皆さんで過去のことを議論しているのだと思います.

ちなみに,私はエビデンスベースであることが科学的な議論だと思います.もし証拠能力の評価をうやむやにしたまま議論をするのならば,それはゲンダイの記事と変わりない,ただのゴシップに過ぎないと思います.

コメントレスです(1)

>milkcatさん。
 どうもこんばんは。「お馬さん」絡みでは無様な予想(爆)ばかり見せていますが、宜しくお願いします。
>「謝る所は謝り、証拠に基づいた理論的な反論」を展開して欲しいと願っています
 私もそう思ってます。ただ、現時点では「推定」魔ではいっても「断定」とするにはまだまだ根拠が足りないし、ポーズの仕方が非常に拙かったと感じてます。

>forrestalさん
 どうもこんばんは。こちらから勝手ながらTBさせて頂きました。
 極端に「あった」「なかった」と断定されてる方は別として、多くの人が結論を導き出せてない状況だと思いますし、そんな状況で今回の広告は、確かにタイミングが悪すぎましたね。今回の例は、自分達がいかに「正しい」と思っても、それはTPOを弁えなければ単なる自己満足に過ぎないしかえって迷惑のかかる代物でしかないものと感じましたね。
 広告に関わった方たちも、これでどう思ったのやら・・・

コメントレスです(2)

>ききさん
 どうもこんばんは。
 確かに、「悪くないことまで被る事はない」という気持ちは分かります。しかし、こちらから声高に「なかった」と主張する事が却って相手を不審がらせるものとなりはしないか。そこが気になるところです。

 あと、おそらく春霞さんやforrestalさんのコメントについての意見もあるようですが、推論や濡れ衣とかでの「反論」が、時として自らに降りかかってくるケース(要は相手の誘導?)に掛かってしまった感じからして、反論を持つにもキチンとした根拠とタイミングが重要なものだと、いろんな意味で思い知らされた感じです。

>momさん
 どうもこんばんは。
 私が「過去よりも未来を」といった事について、決して過去を蔑ろにする訳ではないのですが、必要以上に過去に拘る意味を個人的に見出せないと思ったので、このような言葉遣いとなりました。
 特に気になるのは、「祖先の名誉回復」とかの給う面々が個人的に凄く如何わしく見えて(笑)、そういう人って「未来の子孫のため」というなら自分が必死に頑張れよ!とついツッコミを入れたくなるんですよね(爆)。祖先の名誉を回復すれば、じゃあ自分はどうなるのよ?って感じです。
 例えが悪すぎるかもしれませんが、歴史の重要性は承知してますし、ただ過去にばかり拘りを見せて、思考を縛られすぎないよう気をつけるべきだと私は思います。

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